May 18, 2009
謎と言えば、先日のこと。娘が「わからないことが色々あるよ」と言う。

うんうん。そうだろうねえ。「どんなことがわかんないの?」と聞くと、

「家ってなんで家って言うの?空ってなんで空って言うの?それがわからないんだ。」(怒った顔)

それは家という言葉がどうしてできたか?ということ?語源の話し?漢字の勉強すればいいんじゃない?と言うと「そういうことじゃない、全然違う。」という。い・え という音のこと?何で ふ・え じゃなくて い・え なのかってこと?と聞いたら「もう違うっていったでしょ。何でわからないのよ」と怒り出したが私には質問の意味がさっぱりわからないもの仕方ない。そのあとたて続けに「どうして言葉は言葉なの?」とか「どうして名前は名前なの?」とか意味不明の質問を繰り返し、疲れた私が逃げようとするとすごく怒ってた。「どうして物には名前があるのという意味?」と聞いたけど、それも全然違うそうで。今日も「ねえ、ひらがなひょうはなんでひらがなひょうって言うの?・・・・(つづく)」

答えてやりたいんだけどお手上げ。意味のわかる方いらっしゃったら教えて下さいmm

謎 - bimbomの日記2 (via nopiko ambiguousmenace tzetze nnnnnnnnnnn pdl2h teotr nopnop sytoh realemotionaltrashbox)

「どうしてAはAって言うの?」から「どうしてAはAなの?」に変わって、また「どうしてAはAって言うの?」って戻ってるとこを見ると、この子の疑問も揺れてるようだ。疑問は涌いても、その疑問に上手に形を与えることができない子供(ま、大人も大差ないかもしれないけど)。というか今ちょうど疑問が形成されてる最中。上手に形になった分でしか、こっちも理解することができないので、この子の疑問がどこにあるのかよくわからないんだけど、世界が分割されてあることに──家とか空とか言葉とか名前とか平仮名表とか──違和感を感じたのかしら。「どうして家はあるの?」とか「どうして空はあるの?」とか言ってないとこからすると、何かが存在することに違和感を感じてるのではなさそう。或るものがそれとして在る(とされている)ことに違和感を感じてるみたい。それまで違和感がなかったのに、違和があることに気づいてしまった。そのままにしておきたくない。気持ち悪い。違和感を解消したい。だから考えざるをえない。どうかこの違和感が忘れ去られず、めでたく解消されますように。世界と仲直りできますように。

(via gimmegimme)

名前と名前をつけられる対象の間には、必然がありませんよね。何を対象とするかも、その切り取りかたも、意味の曖昧さも、全部が恣意的であって、そこに特定の音や文字が名称として付与される。そしてそれが「空は空である」というような、絶対的な関係として流通する。この子はそれが納得できないのではないでしょうか。

記号は本来恣意的なものです。私たちが「空」と呼んでいる対象は、もっと分割したっていいし、何かと一緒くたにしてもいいし、認識しなくてもいい。でも私たちはそれを特定の範囲で切り取り、「空」と呼びます。そこに必然性はありません。もちろん「空」という名称との対応にも必然性はありません(これは、この子のお母さんが言った「い・え という音のこと?何で ふ・え じゃなくて い・え なのかってこと?」にあたる部分です)。
音や文字との対応関係の恣意性は「英語を話す人はあれをスカイと言う」みたいな形で飲み込みやすいのですが、概念自体の恣意性と絶対性は、ちょっと簡単には納得できないんだと思います。

概念は恣意的なものではありますが、認識と思考の根幹です。だから絶対のものとして扱われなければならない。「空は絶対に空」でなくてはいけないわけです。そうでなければ人は世界を把握することができない。だから、「あなたの頭の上に広がるあれは『空』だ」ということは、疑いえない真実として子どもに提示される。
一方で子どもは、「ものごとには理由がある」とも教わっているし、日常生活の中で因果関係というものも理解している。
記号の本来的な恣意性と、恣意的であるにもかかわらず提示される絶対性と、ものごとには理由があるという日常的な真実に挟まれて、どうしても納得できない。そういうことだと思います。

記号に対するメタ的な理解が得られるまでは、お母さんがどれだけ一生懸命説明してあげても、怒り続けるかもしれません。
でもそれは「お母さんならそれを説明してくれる」という期待のあらわれなので、すごくいいことだと思います。
意味不明に見える抽象的な疑問を口にしても、馬鹿にしたりあしらったりせず、きちんと「うんうん。そうだろうねえ。どんなことがわかんないの?」と共感をもって対応してあげているからこそ、この子は安心して未熟な説明を開陳することができ(それができると鬱屈が減るし、説明能力も鍛えられます)、安心して「どうしてわかってくれないの!」と訴えることができるのだと思います。

(via msayaka) (via pdl2h) (via extramegane) (via ku) (via reretlet) (via ginzuna)

(via suzukichiyo) (via pinto) (via ideaaedi)

(via aun-059) (via b0c)
ルーブル美術館が火事になったらあなたは何をもち出しますか、とかつてジャン・コクトーが尋ねられたことがあった。

答えがふるっていたね。コクトーはたった一言いったのだ。

火だ。火をもち出すのだ。 ――『黄犬本』四方田犬彦

kommm:

tmrrwnystrdy:

toriomega:

 現在川崎で開催されている「人体の不思議展」では、樹脂加工された本物の人体が何体も展示されている。人体をプレート状に水平にスライスしたものや、生殖器を縦割りにされた女性、さらには胎児の展示まであるという。彼らはすべて生前からの意志に基づく献体によって提供されたとパンフレットには書かれているようだが、こんなふうに見世物になることに、彼らがみな承諾していたとはとても思えない。それに胎児がどうやって承諾したんだ。

仮に日本国民が献体の意思を示しても、このように展示されることは現行法では不可能だ。展示されている標本はすべて中国人だ。だから日本の国内法の適用を受けない。これひとつをとっても、これほど公に展示できる催しなのだろうかと思ってしまう。

アメリカのメディアであるCBSやABCは、この催しの裏をかなり綿密に取材している。標本は中国政府によって処刑された人たちのようだ。政治犯や法輪功の信者たちである可能性が高い。もちろん断定はできないけれど、でも相当に胡散臭いことは確かだ。

とてもとてもおぞましい。でもそのおざましさに多くの人が気づかない。日本の大新聞社やテレビ局は、取材どころか無邪気に協賛や後援に名前を連ねている。

森達也公式ウェブサイト

http://moriweb.web.fc2.com/mori_t/k_column.html

May 17, 2009

理科離れ

kasoken:

敢えて極端なことを書いてみる。理科離れは勉強離れに止まらず、生活離れだと思う。私は科学リテラシー=生活リテラシーだと考えるし、生活はありとあらゆる場面で自然科学と結びついている。また、今の我々の生活は技術とは切り離せない。電力の供給が止まっても生活できる自活力のある人がどれだけいるだろうか。 ……ってところが、今の時点での「『科学リテラシー』が全国民に必要なのはなぜ?」と問われた時の私の回答になるのかな。まだまだ浅く、ツッコミどころが多いけど。

195 [2009/05/16(土) 20:26:54] 186だが

割合が苦手というのもあるんですねえ。

僕は小学校の時
数を数えるのができなかった。

たとえば、
自宅から学校まで2キロあります。
その道には10メートルごとに電柱があります。
さて学校から自宅まで何本電柱がありますか?
という問題。

簡単に計算すれば
2000÷10で100本なんだが、

スタート時につまり0メートル時点に
電柱があるんだろうか?
だったら、101本だよなあ?

とか考え出したら、算数が苦手になった。

同じように

一週間は7日ですが、
今日から一週間後は何日ありますか?

今日も一日に入れるんだっけ?
とか。だったら8日???

今でも数を数えるのは苦手です。

196 [2009/05/17(日) 02:47:19] 132人目の素数さん

それは苦手なのではなく
ルールをしらないだけ

しらないというのは
与えられていないのでわからない
というのをふくむ

世の中には与えられていない与えていない
ルールを勝手に作り、それ以外は間違いだと
主張する者も多いので注意
そういうやつは、常識とか経験とか屁理屈という言葉が
大好きなので、注意していればよくわかる

197 [2009/05/17(日) 02:52:04] 132人目の素数さん

»195の書き込みを読んで、変なことを思い出したよ。

物の長さを定規で測るとき、普通、測ろうとしている物の一方の端に、
定規の0を合わせて、もう一方の端と一致する定規の数字を読むでしょ。
これをそうしない子がいるんだよ。

物の一方の端に、定規の1を合わせて、
もう一方の端の数字を読んで、さらにその値から1を引くの。
つまり、0から測るのではなく、1から測って出た値を補正するということ。

その子に、なぜそんなことをするのと聞くと、
0から測るのはおかしいという。
おかしくない方法はどうすればいいのと聞くと、1から測るという。
じゃあなんで、1から測った値から1を引くのと聞くと、
そうしないと他の子や先生の値と同じにならないからという。

この子としては、1から測るのが正しいと思うから、
物の端には、あくまでも定規の1を合わせたいんだけど、
そうして読んだ値は、みんなの値と合わないので、
1を引いて補正しているということらしい。

色々話をしていると、
この子は、1から始まるもの(ものの個数、日付、本のページ等のように、
最初の1単位に1という名称を与えて、そこから2,3,4と数えるもの)と、
0から始まって1単位進んだところを1とするもの(定規、時計等のように、
1単位分の終りに1という値が書かれて、次の1単位の終わりが2となるもの)が、
混乱しているらしいんだ。
特に時計の話なんかするとちょっとおびえている感じもした。

この子にちゃんとわかってもらうのに、何日かけたかなぁ。
なつかしい思い出。でもこんな感じの子、案外いるよ。
»195の趣旨とはちょっと違うかもしれないけどね。

[数学板] 【はじき】大人のための算数・数学 2【みはじ】
http://science6.2ch.net/test/read.cgi/math/1234335366/ (via t33f)
May 16, 2009
またおもしろいことには、物理学上における画期的の理論でも、ほとんど皆その出発点は質的な「思いつき」である。近代の相対性理論にしても、量子力学にしても、波動力学にしても基礎に横たわるものはほとんど哲学的、あるいは質的なる物理的考察である。これなしにはいかなる数学の利器をいかに駆使しても結局何物も得られないことは、むしろ初めからわかったことでなければならない。実際これらの理論の提出された当初の論文の形はある意味においてはほとんど質的のものである。
May 15, 2009

365 名無しさん@九周年 [sage] Date:2009/05/14(木) 11:29:56 ID:8wycA5sB0 Be:

198 :名無しさん@九周年:2009/05/13(水) 13:15:17 ID:YWPGgJD00

こいつ良い奴だったよ

修士でよその研究室に行こうとしたら糞教官が妨害したのが事の始まりだと思う

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あ!死んじゃったのはググって出てくるCOE院生のK君なのか!たしかに優秀で将来を嘱望されてたんだね!

いまパラパラ調べたけど、K君はゲノム解析がメインなんだな。一方で准教授は古い形態学がメインと。 それならK君ばかり業績と予算が付くのは納得できるよ。

いまどき形態学研究にカネつける奴はいない。科研すら満足に取れなかったんじゃないか、この准教授は。

一方のK君はゲノムでカネが付くし評価も高まる。今後の展開では貝類にとどまらずネタが舞い込む。

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この分野でFirst 2本をD1 & D2で出すのは凄いよ。何せ地道なField Workだし。

学会発表も定期的にしていたし、最後の琵琶湖のもD3で完成して、海外でも発表。

……..

準教授の最近の業績は、殆どこの 故人との共同研究。まあ、学位論文が通ったら余所に就職されてしまうし、

準教授も兵隊が欲しかったのでは?故人の業績が外れたらGCOEメンバーから 外れてしまうだろうし。

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亡くなった方は、ここで査読付き2本。 この時点で、東北大学大学院理学研究科の論文博士の構成要件を満たして、

でも、学位請求論文を準教授に提出したら、拒否されたってこと。 こう言っては失礼だけど、研究実績は、故人»»(越えられない壁)»>準教授

で、条件付きacceptを貰った奴は準教授との共著。修正指定箇所は 準教授のパート。で、準教授は書き換え作業をサボタージュ。で、 故人はこの論文に関して袋小路入り。

リアリティっていう言葉

  • t33f: 「簡単なので読者の演習問題とする」的な記述があって、それが自分の手ですらすらできないときは、ほとんど何も理解していないと思うことにしている。一度戻るかそのまま進むかは状況による。 [http://twitter.com/t33f/statuses/1794675927]
  • t33f: 本には当たり前であるかのようにさらっと証明なしで書いてあることが、自力で当たり前のように証明できないときは、関連する諸概念にリアリティを感じられないときではないだろうか [http://twitter.com/t33f/statuses/1794700822]
  • t33f: 「ほにゃららにリアリティを感じられるようになる」っていう表現を最近思いついて、これは前から僕がどう表現したらいいのかわからないでいた感覚の比較的いい近似なのではないかと思っている。 [http://twitter.com/t33f/statuses/1794738054]
  • t33f: 概念が自分の自由に扱えるものになったような感覚のこと。今までは「理解する」とか「見につく」ぐらいしか思いつかなかったんだけど、それに比べるとずいぶんましな表現に思える。まあどれくらいの人に共感してもらえるかは不明だけど。 [http://twitter.com/t33f/statuses/1794752466]
  • t33f: ずいぶん前に「虚数が存在するのと同様に、宇宙人や未来人や幽霊や妖怪や超能力者も存在する」というようなことを呟いた記憶があるけど、この「ほにゃららは存在する」は「ほにゃららにリアリティを感じることができる」と言い換えられそうだ [http://twitter.com/t33f/statuses/1794767170]
May 13, 2009
書物は不変であり,解釈などは,このことに対する絶望の表現にすぎない
審判/フランツ・カフカ (via jinakanishi)
2007-12-29 (via gkojay) (via kml) (via nemoi) (via suyhnc) (via b0c)

その他問題点

・ ジャスラックの調査が極めてずさんなものであるということ。

・ ジャスラックは、ジャスラックにとって不利な内容の調査報告書を隠し、別の報告書を捏造し、木下の友人知人

らのプライベートな内輪の会を、「有料ライブ」が開催されたなどと、虚偽の主張をしてきたこと。

・ デサフィナードに対するいやがらせとして、同店を借り切って演奏したいという第三者からの管理楽曲利用

許諾申し込みを正当な理由なく拒否し、第三者の演奏発表等の表現活動の自由を侵害しているということ。

・ ジャスラックは、NPOボランティアなど市民による社会貢献活動、企業(福祉施設)との協力支援(演奏場所の

無償提供など)についてまで、広く企業(福祉施設を含む)の営利活動に結びつけ、何でもかんでも楽曲使用料

が徴収できると考えているということ。